2013年12月22日

続 1970年代末から1980年代前半までのオーディオマニア(っていうか自分)

自分で選んだわけじゃないステレオラジカセだけど、まぁ家庭の事情ってことで仕方がないわけで、そのラジカセでいろいろ試行錯誤していたわけです。


16センチフルレンジのスピーカはいま思えば結構贅沢。
ロッドアンテナも2本あってそこそこ受信性能は良かったように思うけど、自分で選んだ一台じゃないってのが不満でした。(まぁ仕方無いんだけどもさ)


ステレオラジカセ1台だとダビングできない(当時のラジカセはカセットが1つしか入らないものでした。もうちょいするとシャープからカセット2台のラジカセが登場します)、チューナの感度がイマイチかもってことがわかってくるわけです。

RCAピンケーブルも現在のようにダイソーで105円なんて時代じゃないですから、それなりのお値段。友人のラジカセと接続してダビングなんて高級な遊びでした。

入出力端子だけは豊富でしたんで、そこから接続する機器を追加してというオーディオ機器の購入が始まります。


スピーカでの再生にはそこそこ満足していたからなのか、単体スピーカを購入する方向には向かわず、ステレオチューナを買ったのが単品コンポの始まり。

ヤマハのT-5というバリコンな時代のチューナを買いました。

YAMAHA- T-5
http://audio-heritage.jp/YAMAHA/tuner/t-5.html



YAMAHAのラインナップの一番下のやつなんですが、すっきりしたYAMAHAのデザイン、周波数を変えるときに回すツマミのしっとりした感じが好きでした。
レベル表示がLEDってのも当時は先端。(今だったらアナログ式の方が安心できるけど)

なんでチューナだったのか今にして思えば謎ですが、他の機器より安いってのもその理由だったのかも。(だって2万円台で買えましたから)

FMアンテナは位相差式のものを使って、あとになって8素子を屋根上に。
AMアンテナは自室の通気口からケーブルを出して、隣の空き地までケーブルを張って使ってました。(AC用のケーブルを割いて、途中をハンダ付けしたもの。10mから15mぐらいだったかな)


その後はカセットデッキ。
ちょうど時代はメタルテープ対応に切り替わったあとでしたんで、どれ選んでも大丈夫状態だったんですが、FMの録音(エアチェックですな)が多いもんだから、オートリバース(A面とB面を瞬時に切り替える機能)がやっぱり魅力的でした。

カセットテープの磁気面の終わりを検知してコンマ何秒で切り替えるというモノが出始めた頃。(カセットテープの最初と最後は磁気テープじゃない「リードテープ」だったんで回転の終了を検知するタイプだと「録音できない時間」が多くなるのでこういう仕組みが必要になったわけです)

私が選んだのはAKAIのカセットデッキ、CS-F33Rでした。

AKAI  - CS-F33R
http://audio-heritage.jp/AKAI/player/cs-f33r.html


この頃はカメラもそうでしたが、シルバーが普通価格で黒いのは高いという時代。
録音レベルの調整に使うつまみ(ボリューム)が一番大きいってのも当時らしいデザインですね。(今じゃほとんど見かけなくなった二軸二連ボリュームだものねぇ)

オートリバースで90分のメタルテープをマスターにしてあれこれ録音しまくりました。
オーディオタイマーも同時期に購入したんで、家にいない時間帯でも録音できるようになったのは大きな進歩でした。
(NHK-FMだと「軽音楽をあなたに」や「クロスオーバーイレブン」などをしょちゅう録音してました。前回書いたThe Beatlesの全曲放送なんかにも活躍しました)

カセットデッキで番組全体を録音してから、カセットテープを再生し、欲しい部分だけRCAピンケーブルで接続したラジカセに録音するって方式。


レコードを再生する装置というものは我が家にもずっと前からありましたが、それは童謡やらウルトラマンとかの主題歌、雑誌のおまけの「ソノシート」、全集モノのクラシック(当時はこういうのが置いてある家が多かったかと。それこそ百科事典がずらっと並んでるみたいなもんで)を再生するもので、自分の中ではオーディオとは呼べないようなもの。(一応ステレオでしたけどもね)


アナログプレイヤー(当時はCDが出る前なんで、レコードプレイヤー)を欲しい、欲しいと思っていたら、叔母のところで使わないのあるからあげるよとのこと。

AIWAのベルトドライブなものでしたが、喜んでもらってきました。(ちなみに叔母は大阪の八尾に住んでたんで、母親の帰省についていって自分で運んできたもの。えらく重かった記憶があります)

そのときに要らないんだか、販促用でもらったんだかのシングル盤をいろいろもらってきて、再生するレコードが増えたのと、カートリッジは付いてなかったんでエンパイアの一番安いやつ(2980円とかだったかな)を買い求めました。


中古のレコードプレイヤーには取説というものが付いてなかったんで、針圧の取り方というものがわからないまま使っていたら針先が取れてしまったときはかなり凹んだ記憶があります。

当時はFM雑誌(小学館のFMレコパルを買ってました)を買って読んでたけど、レコードプレイヤーの基礎みたいな記事って無かったんですよ、なぜか。
レコードのホコリ取りの記事は豊富だったのにさ。

ヘッドシェルにカートリッジを取り付けて、アームにセット。バランスウエイトを回転させてアームの水平を取り、バランスウエイトの目盛を0にして、そこから針圧を掛けるという「当たり前」のことを知ったのは針先が取れた後の話。
(アームの高さ調整はできないタイプでしたんで、これだけなんですけどもねぇ)


再生環境が整ったんでレコードを再生したいわけですが、当時はまだレンタルレコードが始まったばかりの頃。
友人とのレコードの貸し借りをするには、こちらの手駒(レコード)がそこそこないと交渉成立とならないわけです。(CDと違ってキズ付けられたらかなわんしね。タチの悪い同級生に貸すと返却されなかったりするしさ)

レコード欲しいってなるんですが、やっぱり当時の自分には高いもの。(廉価盤は1500円とか1800円のものもあったけど、新譜となると2500円とか2800円でしたんで。)

で、レコードプレイヤーがやってきてからは「レコードを買う」という行為が発生するようになるわけです。(そして現在に至っているわけですが)

中学生の頃までは少ない小遣いを貯めてアルバムを「えいやっ!」と選んで買うんだから、買うレコード選びにはかなり時間を掛け、実際に購入したレコードはもう何度も何度も繰り返して聴いてました。失敗したな、と思ったものもあったけどとにかく聴くしかない。(とにかく最初は再生するレコードが少ないんだもの仕方が無いわけです)

自分の音楽の好みがどのへんにあるのか、なんてこともまだ確立していない頃ですんで、FM雑誌での良さそうな売り文句(宣伝)やFM放送のエアチェック(アルバム全部を掛けるというのは滅多にありませんでしたけど)、それからMTVな時代がやってきてテレビ放送(ベストヒットUSA)をマメにチェックしては「これ欲しい」となっていました。

当時の水戸市内にはたくさんのレコード屋さんがあったけど、試聴できるような店はなく、中古盤屋さんでレコードの一部だけ掛けてもらうのが精一杯。(これも盤面のチェックみたいなものですね)

「あれ買わずにこっち買っておけば良かった」なんてのはよくあることで、今でももちろんあるわけですが、月に1枚程度の購入頻度だと気合い入ってるから失敗したと思ってもそこは我慢で何度も何度も聴くわけです。買ったけどあんまり聴いてないなんてもったいない状態にはならないわけです。


レコード屋さんに行ってもジャケと帯を眺めるだけなんですけども、とにかくレコード屋さんの雰囲気が好きでしょちゅう出掛けてました。

「The Beatlesのアルバムをどうやって揃えるか」というのも当時は選択肢がありました。
CD化に伴ってイギリスオリジナルリリース+αな時代が長くなったけど、当時の東芝EMIのレコードだとアメリカリリース(キャピトル)、日本オリジナルとかいろいろあって、全曲揃えるにしてもいろんな後略方法があったわけです。
(そういうガイドパンフレットをレコード会社が配布してましたしね)


で、なぜか最初の The Beatles は、コンピレーションの "Reel Music" でした。今にして思えば「なぜ、よりにもよって」なんだけど、中学生だもの仕方が無い。いろいろ入ってた方がうれしい時代。
いきなり "Rubber Soul" や "Revolver" 買っても問題無い。最初の "Please Please Me" から順に買いそろえた方がいいぞなんてことは、今だから言えるわけでさ。

1980年代初頭、John Lennon が亡くなり、Paul はその前に成田で大麻所持で拘留されるわ、Johnが亡くなった直後は引きこもるわでろくな時代じゃなかったんですが、Paul McCartney 名義でのアルバム、"Tug Of War" はNHKの朝のニュースでPVが流れるほどに宣伝されてたこともあって購入しました。

続く "Pipes Of Peace" は Michael Jackson とのデュエット曲 "Say Say Say" はキャッチーだったけど、他の曲はいまいちで、白っぽいジャケットがむなしく感じたものです。
(現在視点で言えば、"Tug Of War" 録音時の残り曲+αが "Pipes Of Peace" だから、そう感じたのも当たり前なんだけど、当時は新録ってことしか言われてませんでしたから)

#Paulのことを「ずっと現役の〜」、「ずっと最前線」みたいな表現されるとそりゃ違うぞと。80年代のポールは1枚当たっただけでそれ以外は暗黒な時代。それも長かったと思ってしまうわけです。
#ついでに書けば、Rolling Stonesも同様で、"Some Girls"の録音の残り+新曲2曲で「刺青の男」が制作されたことが明かになってますね。これまたキャッチーな "Start Me Up" が入ってるアルバムだから評価が高かったけどさ。


当時のレコード屋さんはスタンプカード(500円でスタンプ1つ、スタンプ○個で△円引き方式)で客の囲い込みをやっていて、私は水戸駅前のビルに入っていたヤマギワを利用していました。高校に入ってからもずっと続いたのは、同じビルの同じフロアだったか、その下だったかに入ってた雑貨屋にもよく行ってたし、服を買う店もそこに入ってたというのもあるけど、たいていのものはそこ(ヤマギワ)にあったというのは大きいかなと。

一人暮らしになってからは新星堂を利用するようになったけど、あまりにもしょちゅう行くから常連化したのか、たまに販促用品をもらったりしてました。
(店頭ポップ用なのか、The Costello Show の紙ジャケットだけとか)

アナログプレイヤーが加わったオーディオ機器。あとはアンプとスピーカが欲しくなるわけです。高校に入ったときに無理を言って買いそろえたんで、カトーデンキの駅南オーディオセンターに行って「旧モデル」を安く買い、自転車にくくりつけて買ってきた記憶があります。
(アンプもスピーカもONKYOでした。アンプは815シリーズ、スピーカはD-3)

ONKYO A-815GT
http://audio-heritage.jp/ONKYO/amp/integraa-815gt.html


ONKYO D-3
http://audio-heritage.jp/ONKYO/speaker/d-3.html


スピーカはもっと小さいもの(それこそYAMAHAのNS-10Mとか)を買う予定だったんだけど、大幅値引きということもあってこれにしちゃった次第。26.5cmユニット搭載の2ウェイな密閉型。いままで使ってきたスピーカの中で一番大きいものでした。(その後は小さいの主義だから更新されず)


こうやってちょっとずつ機器を買い足してというのがシステムコンポーネントの良いところだと思うんですが、今だったらカセットデッキは不要だし、チューナも不要かな。CDが再生できるもの(DVDプレイヤでもPCでもOK)+アンプとスピーカ(Active Speakerでも代用可)、またはヘッドフォンアンプとヘッドフォンってことになるんでしょうね。
かつて中心にあったラジカセの場所にはPCって感じですかね。


FM誌や別冊のFM誌にはオーディオクリニック的な記事が豊富で、あの長岡鉄男さんも共同通信の別冊FMfan誌でやってらっしゃいました。
当時の誌面をいま改めて読んでみると、ハード>ソフトな方がほとんどで、アナログ盤100枚を越すなんて方は珍しい部類ってことに気付きます。
(レコードラックにアルバムがあふれてるってのはレコードコレクターズ誌の連載記事じゃ当たり前だけど、オーディオ誌だとここ十数年の話なんじゃないのかなと)

国内盤全盛期で、輸入盤を一部扱うお店を利用したことはあったけど、渋谷の宇田川交番の先にあったタワーレコードに行くようになるのはまだ先のこと。
(いまでもあの輸入盤屋さん独特のインクのにおいを思い出します。いまでもたまに輸入盤を買ったときにそのにおいがするとうれしくなってしまいます)

高くて音の悪い(カッティングレベルを抑え、針飛びしないようにするのが鉄則だった)日本盤を買うのが当たり前だった時代でもあるから仕方無いのかもしれませんが、今では中古盤も含めれば一度に十枚、数十枚も買うなんてのもできちゃう時代だけに時代が変わったよなぁと思うところです。

そうそう、CD(コンパクトディスク)は発売されるようになったけど、当時は高くて高くて、店頭で触るだけ。
学校の近くにVictorの看板を付けた小さなオーディオショップができて、CDというものに接触する機会は増えたけど、高くて高くて買えるようなもんじゃありませんでした。
当時はCDのケースをどうやって開けるのかなんて結構謎でしたよ。(今でもCDケースは開けにくいと思うけど)

当時の交友関係で、CD再生環境を持っている家はどこにもなかったよなと思います。
VTR(VHSとかベータとか)がある家はあったけど、我が家にはそういうものは無し。
そうそう、友人宅でレコードプレイヤーのチェンジャー機能があるやつ(テクニクスのやつ)が置いてあって「すげーな」と思ったのもCD発売以降なんですけどもね。

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