2014年6月15日

ことば - 「コスパ」は正義か?

「コスパ」、「コストパフォーマンス」って言葉、一般的になりましたね。略すのはいいんです、ここでは。

コスパは最強じゃないと駄目、コスパが悪いと駄目みたいな風潮というのがどうも本来の言葉の意味と違っていて違和感を覚えます。

この記事を読むと違う使い方になってるって思いません?

ギズモード・ジャパン
結局のところ、いくらのヘッドフォンを買うのがコスパ最強なの?
http://www.gizmodo.jp/2011/09/how-much-money-should-i-spend-for-headphones.html


以前は「この価格に見合った商品なのか」という意味合いが機能していて、たとえ高額なものであっても、その値段に見合った性能を有するのか、ということを意味していたはずなんですが、いつの間にか 『低価格で良いモノ=コスパがいい』 という感じになってきているように思います。

クルマを例にすれば、250万円の輸入車と同価格帯の国産車、同クラス帯の国産車(クルマの場合、Aセグメント、Bセグメント、Cセグメントのようにサイズによるクラス分けがあるので、それを使って)と比較してどうか、ということだったはずなんですよ。
そこに、荷物載せて移動できれば良いんだから、軽自動車でいいじゃん。維持費も安いしコスパ最高!
というのは乱暴な話だと思うわけです。

250万円という価格の輸入車にはこういう装備が標準で付いてくる、同サイズの国産車だと似たような装備を付けるとオプション扱いだからこうなる、そもそもクルマの出来としての比較ではというのが本来のコストパフォーマンスでの比較になるわけです。

上記の「軽自動車でいいじゃん」と言われてしまうとそりゃ基準が違うだろうと思うと同時に、興味の無い人(移動できればそれでいいという人)からしてみれば、クルマに200万円以上掛けるなんて理解不能なのかもしれない、などとも思う次第。

この話、オーディオに関しても同様で、長岡鉄男というオーディオ評論家は「コストパフォーマンス大好き」な人だったけど、同じカートリッジ(アナログ盤を再生するために必要なピックアップの部分ね)でも、7千円のカートリッジでもコストパフォーマンスが高いかどうか、30万円のカートリッジでもコストパフォーマンスが高いと書くときもあったわけです。
つまりその値段に見合う性能を有しているのかを自らの基準に当てはめて考えてたというわけです。(実際にそういう製品の評価記事がありました)

コストパフォーマンスが高い二製品を比べたらそりゃ、30万円のカートリッジが高性能なのは当たり前。どっちもコストパフォーマンスが高いって言ってもクラスが違いますから。
7千円のカートリッジのコストパフォーマンスがいくら高くてもそれは一クラスか二クラス上、つまり1万円クラスの製品だったり1.5万円クラスと比較してとか、そういう記事の読み方がわかった上での話。

じゃ、1万円クラスのコストパフォーマンスが高い製品と比較した場合どうなるのか、というのは、自分の嗜好に合うのはどっちかという違いを記事の内容をよく読んで考えるわけです。(試聴できない商品の代表格としてカートリッジを選んでみたけど、これはヘッドフォンでもイヤフォンでも同じことです。近くに試聴できる店が無いなんてのは大都市在住じゃない方からすれば同じことですんで)

デフレ経済が長く続いたせいなのか、安いのは正義だみたいなのが当たり前に感じるようになっていますが、その価格に見合うものなのか、という本来の使い方をすべきだよなと思った次第。

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